| ヤマナカ カルメンさん(87) ヤマナカ イサベロさん(80) |
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ヤマナカ カルメン(84) 1920年生まれ。
ヤマナカ イサベロ(77) 1927年生まれ。
父=日本人ヤマナカウイチ、母=フィリピ人Jacova Albior カルメンは長女。その下にフアン(1922年生。故人)、アレハンドロ(1925年生)、イサベロ、パヒタ(1931年生)、ベニト(1936年生。故人)、エフレン(1938年生)がおり、7人兄弟。 |
「母の話によると父は15歳でフィリピンに渡り、サンバレス州オロンガポに来た。18歳で米軍基地に職を得たが、母(Jacova)とオロンガポの教会で結婚すると、基地の仕事を辞め、母の田舎サンバレス州サンアントニオで建築の仕事を始めたそうだ」
「父は建築の腕に優れ、サンバレス近辺で大きな建物を沢山建てた。30人くらいフィリピン人を使っていて、彼らの給料を計算するのに丸い小さいものがたくさんついた道具(注:そろばん)を使い、指をすばやく動かしていた。家には低いテーブルがあり、椅子はなく、父は床に座っていた。時々「スキヤキ」を作ってくれた。クリスマスには父が自分でつくった杵と臼でもちつきをした。父は魚を生で、生姜をつけて食べていた。私たちも食べたがおいしかった」
「戦争になり、日本人とドイツ人はすべてマニラで投獄された。父もマニラに連れて行かれたが、日本軍上陸後戻ってきた。サンバレスのブトゥラン鉱山で働くようになった。時々近くの日本軍の基地で通訳をしていた。やがて腎臓の病気になり、1945年1月2日に自宅で死亡。葬儀もし、墓石には死亡年月日と父の洗礼名(Jose Yamanaka)とが書いてある。私はそのとき17歳だった」
「私は父を尊敬していたから、父と同じ大工になった。日本の父の親戚に会ってみたい。かなうなら父の国、日本を一度見てみたいと思う」
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